大判例

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東京高等裁判所 昭和41年(う)701号 判決

被告人 渡辺良五

〔抄 録〕

所論は、先ず、原判決の事実誤認を主張し、原判決は、被告人が本件事故により、自車の乗客笹井清子(当時三十六年)に対し腰部外傷に基づく腎孟腎炎の傷害を負わせ、昭和三十八年五月三十一日午前十一時四十分頃東京都墨田区横網二番地同愛記念病院において右傷害の結果発生した全身感染症により死亡するに至らしめたと認定したが、右清子が本件事故により腰部外傷を受けたことにより腎孟腎炎を起したと認定したのは、証拠によらざる認定であり、原判決が証拠として掲げている証人神田清の尋問調書、笹井清子に対する死亡診断書、新島瑞夫作成の鑑定書、同人の証言等の証拠は、いずれも真実に基かない仮定の事実の上に立脚しての推測であつて、にわかに援用することができないものである。のみならず、右清子が以前から原因不明の発熱に襲われていたとの事実は尋常のことではなく、既に他に病原巣があつて、偶々本件事故と時を同じくして発病したものであると考える余地が十分ある。すなわち、本件解剖の結果によれば、高度の化膿性心筋炎が確知され、それは高度なものであることから数年前からの病患であることが判明したのであるが、本件においては、その病原巣から化膿菌が次第に全身感染の状況に進行中に、偶々本件交通事故に会つたものとみるべきである。また一方、同女が原爆手帳所持者であることが確められたのであるが、それによれば、同女は原爆症で死亡したと考える十分の余地もあるということになるわけで、ひつきよう原判決には死因の点につき判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというのである。

よつて按ずるに、原判決は、被告人は本件事故によつて笹井清子に対し腰部外傷に基づく腎孟腎炎の傷害を負わせ、右傷害の結果発生した全身感染症により死亡するに至らしめた旨認定し、原判決挙示の証拠によれば、一応右認定をなすことができるようであるが、しかしながら、当審における事実取調の結果(証人上兼堅治の証言)を併せて考えると、本件事故によつて右清子が腰部外傷の傷害を負つたことは明白であるけれども、右傷害によつて更に腎孟腎炎を併発したことは、それがいわゆる上行性、下行性のいずれの腎孟腎炎であつても、その根拠が不確かであつて、これを認めるのに十分でないものといわなければならない。右清子の死亡直後その屍体解剖が行われたのは、その死因について臨床的所見からは種々疑問があつたがためであると認められるところ、屍体解剖を担当した当審証人上兼堅治の証言並びにその際作成された剖検診断報告書の記載によれば、右剖検の結果、数年前からの慢性的疾患と認められる高度の化膿性心筋炎が認められ、直接死因は右疾患による心障碍であると判断されるのであるが、右疾患はまた慢性の敗血症(即ち全身感染症)を伴つていたと認められ、右清子が三、四年前から一週間に一度位原因不明の発熱に襲われていたというのも、右慢性疾患に起因することが考えられるのではあるが、解剖の結果による組織学的考察によれば、腎孟腎炎の存在は認められないのであるから、原判決が認めたような本件事故による腰部外傷に基づく腎孟腎炎の傷害ということは認められないわけであるのみならず、その他の証拠によつても腰部外傷と死因である化膿性心筋炎ないし敗血症との直接の関連性も認められないことに帰するといわなければならないし、且つ、右外傷が右慢性的疾患を悪化させる一因となつたということも、にわかに断定できないのである。もつとも、証拠によれば、清子は本件事故前一週間に一度位原因不明の発熱に襲われたということが認められるが、同女の姉である八尾久子の検察官に対する供述調書の記載によれば、清子は平素から健康で持病の気もなく、又大きな病気等にかかつたこともないというのであるから、右清子に前記の慢性的疾患があり、これによつて同女が死亡したものと解すべきものとしても、少くとも、同女は本件交通事故によつて受傷した結果、その死期を若干早めたのではないかという疑問はあるが、当審における事実取調の結果によると、その点を断定するに足る証左も十分ではないというべきである。(他方、右清子は、原爆手帳所持者であつて、従つて原爆被災者であつたことは認められるのであるが、原爆症患者であつたことをも認め得る資料はなく、その症状もこれを原爆症と断定するに足りないのであるから、右清子は原爆症によつて死亡したという所論も、その根拠を欠くものといわなければならない。)以上これを要するに、本件事故によつて笹井清子が受けた腰部外傷と、死因と目すべき慢性心臓疾患、敗血症との間に因果関係の存在することを認めるに足るべき証拠は、本件においては十分でないので、結局腰部外傷と死亡との間に因果関係の存在することを認めた原判決には、事実の誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであることに帰するから、事実誤認の所論は理由があるというべく、原判決は爾余の論旨について判断をするまでもなく破棄を免れないものと認むべきである。

よつて、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十二条により原判決を破棄すべく、同法第四百条但書に則り当裁判所において更に左のとおり判決をすべきものとする。

(罪となるべき事実)

被告人は自動車運転の業務に従事していた者で、昭和三十八年三月十八日午後九時四十分頃普通乗用自動車を運転し、東京都練馬区仲町二丁目九十五番地先の交叉点を鑑別所方面から豊島園方面に向つて直進しようとしたが、自動車運転者としては、たえず前方を注視して進行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、被告人はこれを怠つて、同所に設置された一時停止の道路標識に気づかなかつたばかりか、同所が見通しのきかない交叉点であることを、約十米手前で漸く発見し、右交叉点で一時停止をしないまま時速約三十粁で進行した過失により、左方道路から進入してきた仲田岩太郎運転の普通乗用自動車に自車左側部を衝突させ、よつて自車の乗客笹井清子(当時三十六年)に対し少くとも一ケ月半の治療を要する腰部打撲症、これに基づく左腸骨、腸骨各骨折等の傷害を、八尾久子(当時三十八年)に対し加療約六ケ月間を要する全身打撲、八尾元美(当時四十二年)に対し加療約二週間を要する顔面打撲症等、笹井曠太(当時四十二年)に対し加療約二週間を要する左肩関節部打撲傷等の各傷害をそれぞれ負わせたものである。

(井波 宮後 四ツ谷)

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